カナコラム  (更新 月曜:かなこ、木曜:endy )

りんご追分の夜は更けて by endy

2004/07/15

ども、困ったときにはアホなふりのendyです。

●ホサーナ

けっして今、金持ちになれたわけではないのですが、私の20代はホントに貧乏でした。
当時は「おごってやるから」と飲みに誘われても、その飲み屋まで行く交通費が出せず、家でじっとしている日も少なくありませんでした。
そんな20代後半、当時私はコンピューター会社におり、出向先の東京の某区役所にはよく私を飲みに誘ってくれる先輩がおりました。
おそらく私一人では決して足を踏み入れることはないと思われる、いわゆるおじさん系のスナックや小料理屋などに連れていってくれました。

その中で、一番印象に残っているお店はこんなところでした。
いつものように先輩に連れられて店内の中に入ると、ほとんどお客さんはおらず、ホステスさんと思われる女性が4、5人待機。
しかし、以前似たようなお店に連れて行ってもらったときとはどうも雰囲気が違います。
何が違うのか・・・。
そう、薄暗い灯りの中から聞こえる彼女たちの話し方が不自然なのです。
先輩と二人で席に案内され、その女性たちがやってきたときその不自然さの原因がわかりました。
彼女たちは日本人ではなかった。
先輩が連れてきてくれたお店は、フィリピンパブと呼ばれているところだったのです。

私は私の隣に座った私担当と思われる女性と話をすることにしました。
彼女の名前は「ホサーナ」。
いつ日本に来たのか尋ねると、「1ウィーク、アゴー」と言います。
なるほど1週間前か、そりゃ日本語わからないし大変だよなー、などと思いつつ、何しに来たのか聞いてみると、フィリピン訛りらしい英語で一生懸命説明してくれます。
私が理解したところによると、歯医者さんの病院の資格の勉強をしにきたらしい。

今の私がその話を聞けば、「そんなわけないじゃなーい、水商売でお金稼ぎに来たんでしょ?」ってなことになるんですが、当時の私はまだ、上着を脱げば背中に「純真」という文字が浮き出るのではないかというほど真面目でしたので、彼女のおかれている身上を聞きひどく感銘してしまいました。

●ふるさと

私はお酒を飲むのもそっちのけでホサーナと話をしました。
とは言え、もちろん私は英語がわかりません。
テーブルの上にあったカラオケのリクエストを書くメモ用紙に家の絵を描き、
「マイルーム、マイルーム」
そしてその中に人の絵を描き、
「ミー、ミー、ルーム、アローン」
おそらく「僕は一人暮らしだ」ということを言いたかったのでしょう。
彼女もそれは理解したようです。

彼女とのやり取りの間にカラオケを歌うことになりました。
私が選んだ曲は、美空ひばりの「りんご追分」。
そんな曲を知るわけがない彼女たちですが、曲の途中でセリフになったとき、歌詞を映し出すTV画面を指を差しながら見てざわめき出しました。
懐かしそうにみんなで顔を見合わせて笑顔を浮かべるのです。
画面には、日本のふるさとの原風景ともいえる山と川と田んぼが映っていました。
おそらく彼女たちが育ったところも、そんなところだったのではないでしょうか。

飲み屋という場所での彼女たちの意外な素顔を見て、なんだかホッとしました。

●夜更けの電話

信じてもらえないかもしれませんが、私にはまったくいかがわしい思いはなく、真剣に休みの日にホサーナを東京見物にでも連れて行ってあげたいと思いました。
メモ用紙に電話の絵と電話番号を書き、彼女に話しかけました。
「コールミー、エニターイ、トキヨー、サイトシーイン。」
通じているのかいないのか、ホサーナはそれを聞いてニコニコうなずいていました。

翌日からホサーナの電話を待ちましたが、電話は一向に鳴りませんでした。
「かかってくるわきゃねーよなー」と思って、3ヶ月ほど経ったある日のことです。
時刻はまだ暗い午前3時、電話のベルが鳴りました。
受話器をとると、かすかな息づかいを感じます。
私はなぜかホサーナではないかと直感しました。

「ホサーナ?ホサーナなの?ホサーナでしょ?」
「・・・イ、イエース・・・。」
「どーしたの、こんな時間に?」
もうすっかり舞い上がって思いっきり日本語です。
そんな私の状況を知ってか知らずか、彼女はポツリとつぶやきました。

「イ・ツ・ク・ル・・・。」

それは恋の囁きにもホラー映画の幽霊の呪文のような叫びにも聞こえました。
「イ・ツ・ク・ル・・・イ・ツ・ク・ル・・・イーツークールー・・・。」
彼女はまるで、その言葉しか知らないようにその呪いの言葉を繰り返します。

「そんなこと言ったって、仕事があるから行けないよ。」
お金がないから行けないんだとも言えず、多分伝わるわけもない言い訳。
すると突然ガサゴソと受話器を手でおおう音がします。
受話器の向こうでは、複数の誰かがホサーナに話しかけている気配。
「イツクル・・・」
最後にもう一度、彼女の呪いの言葉を残して電話は切れました。

おそらく私が想像するに、ホサーナは周りにいる同僚のフィリピン女性仲間にこんなことを言われていたのではないでしょうか。
「ニポンジンノオトコ、サソエバ、スーグクールネー」
「ソーヨソーヨ、ヨンデ、マネ、カセギナサーイ」
「ダメソーナラ、スグ、キリャイーノヨォ」

「コナーイナラ、キッチャーエ、キッチャーエ」

それ以来、フィリピンパブに足を踏み入れたことはありませんが、今でも「りんご追分」を聴くと、彼女たちの素直な笑顔が目に浮かびます。

函館音楽協会春季定期演奏会第92回函館三曲協会演奏会のリポートをアップ。

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