カナコラム  (更新 月曜:かなこ、木曜:endy )

プロの芸人たるもの by endy

2004/06/17

ども、コメイタチの正体を知ったendyです。

●モノレールが動かない

東京に住んでいた頃、函館との往復は飛行機を利用していました。
当時も今と変わらずバンドマンをしておりましたので、エレキベースをソフトケースに入れて飛行機に乗ることが少なくありませんでした。
いつものようにベースを担ぎ、浜松町でモノレールに乗ったのですが、何時まで経っても
ドアが閉まりません。
多少余裕はありましたがどんどんその時間もなくなり、もう限界だというときに構内放送が流れました。

「ただ今、羽田行きのモノレールは事故のため運行をストップしております。」

乗客たちは一斉にどよめきだし、そのどよめきはそのまま出口へと流れ出しました。
私もそれに釣られ、知らず知らずのうちに出口へ向かう階段を降りていました。
どうやらみんなタクシーで羽田に向かうつもりのようです。
既に浜松町駅のタクシー乗り場は長蛇の列を作り始めていました。
私は仕方ないので駅の外でタクシーを探すことにしました。

●タクシーを探せ!

まだ夏ではありませんでしたが、大きなベースを背中に担いでのタクシー探しは、うっすら額に汗をにじませます。
おそらく早く羽田に行かなければ乗り遅れるというアセリもあったのでしょう。
そんな私の視界に、私と同じようにタクシーを必死に探している大きな男が入りました。
一般人は普通着ないだろうというウグイス色のダブルのスーツのその人は、銀縁の眼鏡をかけた笑福亭鶴瓶師匠でした。
当時、上岡龍太郎とやっていた「パペポTV」という番組が大人気で、私も毎週布団の中
で必死に笑いをこらえながら見ていました。
鶴瓶師匠は同じようにタクシーを捜していた私を見つけ、こう言いました。
「アンタも羽田行きまんのかいな?ほな一緒にタクシー探しまひょ!」
「は、はい!」

それからウグイス色の大男とベースを担いだ小男のタクシー探しが始まりました。

鶴瓶師匠の目は真剣でした。
信号待ちで、停まっているタクシーを見つけ叫びます。
「羽田、行きまんのかー!」
そのタクシーに乗っていたお客さんが窓を開け、「はい」と答えると、
「よっしゃ、みんなで羽田行きまひょ!」と言い、「どうぞ」と言われてもいないのに勝手にタクシーに乗り込みました。
もちろん私も楽器を抱えて助手席に陣取りました。

車の中には、その日出会ったばかりの人間が4人乗っていました。
しかしすでに、まるで最初から待ち合わせたかのような雰囲気になっていました。
「いやぁ、大変でしたなー。私も次の飛行機に乗らな、大変なことになりますねん。」
師匠のそのセリフから各々自己紹介を始め、高速に乗って羽田へと車は走り出しました。

●おっちゃんも言うたりやー!

それにしてもプロの芸人というのはすごいものです。
ちゃんとタクシーの中でも、私たちを笑わせてくれました。
(ここから鶴瓶師匠になったつもりで関西弁でお読みください。)

モノレールには参りましたなぁ。
もう改札のとこなんか、文句言いたい人らでいっぱいでしたでぇ。
みんな自分がこれに乗らんとどんだけ困るかゆうのんを説明するんですわ。
「ワシはこれから九州に妹の結婚式に行かないかんのや、どないしてくれんねん!」
「オレも大事な会議があんねんで!」
「おー、ワシもや、ワシもや!」
みんな口々に自分の事情を説明しまんのや。
ほしたらみんな「アンタも言うたり、アンタも言うたり」いう雰囲気になって、順番に駅員さんに文句言い出しよったんですわ。
ずっとその順番待ってたおっちゃんがいてたんですけど、やっとそのおっちゃんの番になったら、みんなおっちゃんの声援を始めたんですわ。
「ほれ、おっちゃんも言うたりやー!」 「そや、そや、言うたりー!」

「あんたはナンデ困っとるんやー!」 「わしらはアンタの味方やでぇー!」
みんなガーッとおっちゃんに視線をやりまんねん。
ほしたら、おっちゃん、手にモノレールの切符握り締めて言うたんですわ。

「この切符、どこで払い戻ししてくれんねん。」

「は、はらいもどしぃ・・・?」
「そんなもん、ワシがはろたるわい!」言うてやりましたわ。

その後、タクシー代は鶴瓶師匠が払ってくれ、私は次の便に乗ることができました。
後日談ですが、翌週の「パペポTV」でこの話が取り上げられ、私は「でっかいバヨリンのケースを持ったにいちゃん」という役でしっかり登場していました。

函館音楽協会春季定期演奏会第92回函館三曲協会演奏会のリポートをアップ。

感想・ご意見をお聞かせください。

miyazaki.kanako@gmail.com