カナコラム  (更新 月曜:かなこ、木曜:endy )

猫の額で運動会 by endy

2004/09/16

ども、世界に平和を!のendyです。

●名前はない

私もペットを飼ったことがある。
東京池袋に一人で住んでいた頃なのでもう随分昔になる。
ある雨の日の夜、西武池袋線の駅を降りとぼとぼアパートへ向かっていると、歩くたびに「ミャ、ミャ」という音がする。
踏むと音が鳴るサンダルを誰か履いているのかと思い、キョロキョロしたけど誰もいない。
と、毛の生えた物体がそこに・・・。
猫だ!それもやや子猫。
後先を考えず、とりあえず雨で濡れた子猫をアパートへ連れて行くことにした。

一人暮らしをしてから初めての相棒に私は上機嫌だった。
一人でいるときにはほとんど口を開くことがなかったせいなのか、名前はつけなかった。
毎日、一緒にテレビを見て、一緒に布団に入った。
休日に会う友達もいなかったので、休日もいつも一緒だった。
その時はまだヤツが悪魔と一緒だったことに、私はまだ気がついていなかった。

●水ぶくれマン

オスだかメスだかも確かめずに同居して数ヶ月経ち、季節は夏になろうとしていた。
その頃、原因はよくわからなかったが、身体に虫に刺された後を見つけた。
実は私は虫刺されに弱い。
その虫刺されは2,3日すると、これが虫刺されかと思うほどに腫れ、みるみるうちに水ぶくれになった。
水ぶくれといっても直径が1〜3cmにもなる立派なものだ。
これが身体のいたるところに出来始めたのだ。
サラリーマンスーツに身を包んではいたが、その中は水ぶくれマンだった。
とてもじゃないが、裸の姿は他人様には見せられない。
これじゃまるでエイズ患者だ。

それがエイズではないとわかったのは、気が狂いそうな痒みに耐えながら仕事をして会社からアパートに辿り着き、靴下を脱いだ時のこと。
ピーン。
確かに私の足首あたりから何か小さなものが飛んだ。
確かに飛んだ。
ピタリと時間を止め、息をひそめた。
黒目だけ動かして、周りを見るとその黒い点の正体がそこにあった。
ノ、ノミだぁ!

●通勤仲間

そうか、数日前から私はこのノミと一緒に通勤していたんだ。
ノミに刺されたら、私の身体は水ぶくれマンになってしまうのか・・・。
ない知恵を絞り、そのノミの出所を考えたが、どう考えてもヤツしかいない。
私は部屋の隅でアクビをしているヤツを睨んだ。
しかし、ヤツと住んでもう数ヶ月になるのに、なぜ今になって・・・?
これは想像だが、ノミは冬から春にかけては活動しないらしい。
夏が近くなると卵から孵化し、暴れまわるようだ。

このままノミと一緒に通勤し、冬を待てるほど私の身体には余裕がなかった。
いや、それほど状況はひどかったのだ。
巨大な水ぶくれのいくつかは皮が破れ、大量の体液をスーツにしみこませた。
しばらくするとガビガビの跡になった。
自分の身体ながらキモイ。
なんとかしなくては・・・。

●汚れたら洗う

こういうときは単純に考えなくてはいけない。
ヤツの身体はノミで汚れているのだ。
汚れたものは洗うのが普通だ。
まるで理屈にあっていないが、ノミの対処を知らない私はヤツを洗うことにした。
同居人がそんなことを考えているなんてことも知らず、ヤツはアクビをしている。

猫を洗う?どうやって?
とりあえず台所に洗面台とシャンプー、タオルを用意した。
何にも知らないヤツを洗面器の中に座らせる。
そろりそろりとぬるま湯を流していく。
その頃にはヤツもただならぬ雰囲気に気がついたらしく、脱出をはかろうと暴れ始めた。
今さら逃がすわけにはいかない。
ヤツをしっかりと捕まえ、しっぽの方からシャンプーで泡を立て始めた。
下半身が泡まみれになると、もうヤツも観念したようで、私のなすがままに身を預けた。

●つ、つぶせない・・・

そうして泡はヤツの頭の直前まで来た。
その時、私は衝撃的な光景を目の当たりにした。
なにやら黒い点が、それこそ狭いことを象徴する猫の額でドンチャン騒ぎをしているのだ。
どうやら全身に散らばっていたノミが、泡に追われヤツの額に向かって集まってきたのだ。
それはさながらノミの運動会だった。

私はその時、すでに冷静な判断をすることができなくなっていた。
こいつらさえいなくなれば、こいつらさえいなくなれば、俺は水ぶくれマンから人間に戻ることができるのだ。
私はヤツの頭を捕まえ、「スマン」と一言つぶやいたあと、洗面器の中に首を沈めた。
もちろん数秒間なのだが、ヤツにすりゃびっくりもんだ。
運動会をしていたノミ一家も、突然の洪水に大騒ぎである。
洗面器に黒い点がいくつも浮いていた。

ちょっとぐったりしたヤツを、「ゴメンよ、ゴメンよ」と言いながら急いでタオルで拭く。
ノミ一家の多くは洗面器の海に漂っていたが、そのうち数匹はタオルに移り、そこからジャンプという種目を始めた。
タオルから台所中にジャンプしたのだ。
ノミは洗ったぐらいでは死ななかった。
つかんでつぶそうと思ったが、つかみづらい上に薄っぺらいあの形はなかなかつぶすことすらできない。
何にも役に立たないことをしてしまった私を、うらめしそうにヤツが見つめていた。

秋韻コンサートリポートは写真が揃い次第、アップしますので少々お待ちを・・・endy

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